築地・月島の繁栄は、勝鬨橋で結ばれていたのですね♪ 築地見学は、歴史の勉強にもなりますね♪

築地から月島に渡る橋に「勝鬨橋(かちどきばし)」がある。1940年に月島地区で開催予定であった日本万国博覧会へのアクセス路とする計画であったが、万博は中止となったが、勝鬨橋は無事完成し「東洋一の可動橋」が実現したのです。

なぜ勝鬨(かちどき)の名があるのかな?? 勝鬨(かちどき)とは、戦(いくさ)で勝ちを収めたときに挙げる鬨の声(士気を高める目的で多数の人が一緒に叫ぶ声)。「えいえい」という大将の掛け声に呼応して軍勢一同が「あう(オオ)」と声を合わせ、これを三度行なうものだが・・・ この勝鬨橋は何の戦の勝ち???

どうも単純な名前の橋ではないようです!?・・・ なんと日露戦争の勝鬨とな!?

 日露戦争における旅順陥落(1905年[明治38年]1月)の直後に、勝鬨の意を籠めて大日本帝国海軍発祥の地である築地に祝勝記念碑として建立されたのが「勝鬨の碑(かちどきのひ)」であり、併せて設置された渡し船が「勝鬨の渡し(かちどきのわたし)」である。さらに1929年(昭和4年)、勝鬨の渡しに代わって架けられた橋にも名は引き継がれ、「勝鬨橋(かちどきばし)」と呼ばれて現在に到る。

 私は2010年6年19日に築地に行った時に、この勝鬨橋を見に行って知りました♪ 3年間に亘る年末放映テレビ番組「坂の上の雲」を見て、旅順攻略の内容も知りました。 築地は市場の移転計画が決まったが、築地の繁栄を願う”勝鬨橋”と共に栄えて欲しいですね♪
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勝鬨橋は、隅田川を運行する大型船が通れるように開閉出来る構造になっているが、今では開かず状態です。その開閉する中央部を見てきました♪
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