1000年に亘り、毎年同じ儀式で行われる相模国の国府祭! 平塚から大磯への国府移転との関係は?

 平安時代(794年~1192年頃)の相模国の国府(現在で云う県庁所在地)は、平塚にあったこと、その後、大磯に移転したという説が有力である。 現在でも行われている大磯での国府祭(こうのまち)が、1000年の歴史と云われる。 国府が平塚から大磯へ移転してからの神事なのかな? 国府祭の始まりは、1000年前の平安時代の後期ということかな!?

 国府祭(こうのまち)は、5月5日に相模国の一宮から五宮、そして総社と言われた六所神社の神輿が一堂に集う古代国府総社の祭りである。 祭事は、六所神社の神領地であった大磯町国府本郷の神揃山(かみそりやま)に、一宮から五宮の神輿が集合するところから始まる。 5社が入山後に祭典が催され、正午からは「座問答」(ざもんどう)と称される神事が行われる。 祭事の中心と言われる「座問答」では、一宮の寒川神社と二宮の川勾神社が席次を争い、三宮・比々多神社が「決着は翌年に」と仲裁を入れて終了する。 
 私も、国府祭の神事を目の前で見て来ましたが、素晴らしい伝統ある儀式です。 その儀式の光景です。
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