横浜開港から発展した横浜の歴史を感じる吉田橋の謂れです。

 江戸幕府は、日米和親条約に基いて、1854年の下田の開港、1855年に箱館(函館)の開港。さらに日米修好通商条約により、神奈川(横浜)・新潟・兵庫(神戸)・長崎が開港されていった。
 神奈川(横浜)の開港は1859年。吉田橋(よしだはし)は、現在の神奈川県横浜市中区の馬車道と伊勢佐木町の間の首都高速道路の掘割に架かる道路橋である。吉田橋は横浜港開港の頃に、外国人居留地とその外部を隔てる関門番所としておかれ、この関所の内側にあたる一帯は現在でも関内と呼ばれている。この吉田橋の外側(海側)は関外であった。そういった謂れのある吉田橋ですが、港へ続く馬車道、ガス燈の設置など横浜開港を中心に発展した横浜の歴史を感じる場所です。

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